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↑ 1979年7月 嘉手納基地でT/Gを行うWC-135B(61-2672) 胴体横に突き出した形で取り付けられているのが、大気中の微粒子を回収する集塵機である。この機体は後にオープンスカイで用いられるOC-135Bに改造された。
民間機だけでなく軍用機の世界でも、世界中の気象データの収集と活動地点の観測は作戦上も非常に重要な事柄である。また、1950年代後半から1960年代は世界各地で大気圏内(地上、海上)での核実験が盛んに行われており、これらの核実験のデータを収集することを主要な目的として造られたのが、気象観測専門のWC-135Bで1962年に完成している。1965年までに輸送型のC-135Bから10機が改造されてWC-135Bとなり、56th WRSの所属で横田空軍基地にも展開していた為(後に55th WRSに移管)身近にみることができた大型機の一つであった。

元々ドワイト・D・アイゼンハワー将軍が、第2次大戦終了後の1947年に当時のアメリカ陸軍航空隊に対し、世界中のどこでも核爆発があれば検知できるようにせよ!との指示を出したことで「コンスタント・フェニックス計画」が発令された。これに基づき、1949年にはB-29の改造型WB-29がソ連での核実験のサンプル採取に成功、その後WB-50が活躍し このWC-135Bに受け継がれて行った。しかし、冷戦の終了とともに役目を終えて次々に引退し、現在は改造型WC-135Wが2機ほど残っているだけで、滅多にこの型を見る事もなくなった。  (2022/4 記)
↑ 横田基地に駐機するWC-135B/61-2666。輸送機C-135から10機改造されたWC-135Bの2号機である。1号機同様、新塗装が眩しい。
↑ 松野氏が1990年7月横田基地で撮影したWC-135B/61-2666。WC-135は”weather Bird"の他、”The Sniffer"のニックネームも持っていた。
↑ WC-135Bの65-2665と65-2666は両機ともWC135Wに改造されたが、1年程度で退役となってしまった。既に空軍側に需要が無かったのだ。
55th WRS Insignia 
↑1970年代末にエアクラフトグレーに塗り換えられたWC-135B、1号機であるこの61-2665も御色直しされ横田で飛行していた。この機体は1990年代には、再びお色直しがされて上面が白く塗られたコンバーチブル塗装になっている。
56th WRS Insinia 
↑ 松野氏が1983年8月横田基地で撮影したWC-135B/61-2673。C-135からWC-135Bされた9機目の機体。
↑ 松野氏が1986年9月横田基地で撮影したWC-135B/61-2667。この機体は、WC-135Wに改造された2機の内の1機。
↑ 1976年横田基地を離陸の為タキシングする55th WRSのWC135B(61-2670)。C-135は、4発エンジンのせいか目の錯覚でとても大きな機体に見えるが、実は全長42.6m 全幅39.9mで C-2輸送機(全長 43.9m 全幅44.4m)と比較的小型で、現代のエアバスB-767などと比べると一回り小型の機体である。
Wings
↑ 1983年横田基地で撮影したWC-135B/61-2674。冬場の正午頃の撮影の為、光はTOPで暗い写真となってしまったが、改装されたWC-135Bの最後の機体である。
↑ 1976年夏に横田基地にて撮影したWC-135B(61-2665)。C-135Bから改装された10機のWC-135Bで一番シリアルが古い機体であった。カルフォルニア州マクラレン空軍基地から横田基地に1~2機が派遣されており よく目にした機体の一つだった。機体塗装はアルミの地のままであるが、後に薄いグレー色が塗られることになる。コダックのネガカラーで撮った写真であるが、色落ちは少ない。